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第4回

お母さんの魔法のオーブン【後編】

神ノ口優子さん
ちいさなお菓子工房ひつじ 店主。

「ちいさなお菓子工房ひつじ」店主の神ノ口優子さんに、これまでの道のりを聞いていきます。
前編では社会人経験を経て、製菓製パンの勉強をし、修行に入るまでを伺いました。
さて、その後はどうなったのでしょう。

 

店内には、店名でもあるひつじさんたちがあちこちに。ほっこり和むなぁ。
 

直感と人、自分の感覚を信じて

専門学校卒業後は、掛川に新しくオープンする「お茶の実の雪うさぎ工房」にオープニングスタッフとして就職した優子さん。希望していた、「スタッフ同士の立場が変わらない職場環境」。その中で試行錯誤の日々が始まります。
専門学校では基本を学んだとはいえ、現場に出ても急に仕事ができるわけではありません。一つ一つに向き合い、経験し、学んで習得していきました。

「就職した当時は、すでに現場でケーキを作ってきた経験のあるシェフがいて、そのシェフに色々な事を指導してもらったの。でもオープン後、オーナーとの相違があったのか、程なくしてシェフは退職しちゃったのよね。そこからは必死!お店は続けていかなくちゃいけないから、スタッフと試作して、試食してを繰り返して、どんどん商品開発をしていって。ショーケースが結構大きいんだけど、毎日そこに沢山のケーキを作っては並べての繰り返し。そこで、仕事をする上での時間の使い方や、効率も一緒に覚えていったよ。
商品として、美味しいと思ってもらえるケーキや焼き菓子を作るのは、もちろんの事だけど、お店を回していくにはそれだけじゃなくて、時間の使い方や効率も大事になってくる。日々忙しく仕事する中で、そこも鍛えられたかなと思うよ。」

忙しい日々の中、ケーキ作りの技術を磨きながら、店長として仕入れや売り上げ、スタッフの管理など、経営に関わるノウハウを習得していきます。そんな日々の中で、優子さんに刺激を与えてくれるスタッフが一人。
実は、専門学校の同級生が優子さんと同じタイミングで「お茶の実の雪うさぎ工房」に就職し、働いていました。

「同級生が同じ職場で働いていたことで、お互いにかなり意識して働いていたと思う。同じスタートラインから始めているから、負けられないなって思いがあってね、お互いを成長させる糧になったと思うな。彼女が新しいケーキを提案してきたら、次は私はこんなケーキを考えたよっていう感じで。お店のカラーを念頭に置いて、こんなケーキがお茶の実さんにふさわしいんじゃないかと、それぞれがアイデアをどんどん練ってくるの。
私はムースが苦手だけど、彼女がムースが好きだから、補い合える。そうすればお店のラインナップが増えていくし、逆に私が好きなケーキも提案できるよね。仕事仲間であり、良きライバルでもある。この関係があったからこそ、日々ケーキ作りと真剣に向き合い続けることができたと思うよ。」

路面店、その後は店舗が増えて商業施設内にも出店したことにより、優子さんはテナント店でも勤務することになります。路面店での経験を経て、テナント店でもオープニングスタッフとして参加したことで、改めて開店から軌道に乗せるまでの一連の流れを見ることができ、店長としての仕事を全うしていく日々。そして、優子さんの中で「自分のお店を持つ」というイメージは、具体的になっていきました。


初夏になると、ひつじさんの草木や花たちがわさわさと茂ります。とってもかわいい。

「ちいさなお菓子工房ひつじ」オープン

独立を決意してからほどなくして、とある物件と出会います。それが今のお店のある場所。車の通りもあるけれど、すぐ側には芳川が流れ、長閑で自宅からも近い。優子さんにとって条件にぴったりと合った物件でした。

そして、友人たちの協力の下、改装を進め、遂に2012年4月「ちいさなお菓子工房ひつじ」をオープン。店内のショーケースには季節のケーキ、そして棚には贈り物にぴったりな焼き菓子たちが所狭しと並びます。ラッピングも色々なニーズに対応できるよう行事に合わせて、多種多様なものを取り揃えました。

「開店当時、周りからコンセプトやターゲット層についてよく聞かれたんだよね。コンセプトが明確でターゲットは絞った方がいいよって言われたり。でも、私は特に決めなかったんだ。私が決める事じゃないかなって思ったんだよね。お客様がひつじに来て感じるイメージがあるだろうし、それはお客様が決めることじゃないかなって。まずは自分が美味しいと思えるもの、自信を持ってお店に並べられるものを作る。それからお客様の反応や声を参考にしながら、バリエーションを増やしていく。そうやって自分が良いと思える、ひつじらしいケーキを増やしていったよ。」

独立したことで、お客様の反応が直に返ってくる。嬉しい言葉をかけてもらえた時の達成感と高揚感。「自分のお店を開いてよかった」と思える瞬間でした。自由で縛られない個人経営が合っていると優子さんは言います。私も身近で優子さんの仕事ぶりを見てきて、明るい人柄もあり、商売に向いていると心から思っています。

毎日早くから遅くまで沢山のケーキや焼き菓子を作り、ラッピングしたり、袋詰めしたり、1人で営業していると業務は多岐にわたります。定休日も仕事をし、ケーキ作りに没頭する生活。良い人とのめぐり逢いがあれば、イベントにも積極的に出店したり、コーヒー屋さんに定期的にケーキを卸したりと、お店の知名度をどんどん上げていきました。

ひつじさんのケーキを愛してくださる方も増え、自分が作った商品がどんどん売れていく。個人経営だと、仕事とプライベートの境が曖昧になりやすく、仕事しようと思えば、いつまででも仕事ができる環境かもしれません。
忙しく働く中で8年が過ぎ、少しずつ優子さんの中で膨らみ始めた「何か」がありました。


優子さんの人柄を求めて、休憩にやってくる業者さんも多いんだよね。

 

リニューアルオープン、今思うこと

2020年5月20日、「ちいさなお菓子工房ひつじ」は焼き菓子とホールケーキ専門店としてリニューアルオープンしました。思い切って、人気だった生ケーキを辞める決断をし、冷蔵用のショーケースを無くしたのです。
傍から見れば、大胆な行動・・・その決断に踏み切った経緯を伺いました。

「2年くらい前から考え始めえていたの。毎日毎日忙しくて、気持ちのゆとりが無くなっていって。沢山ケーキを作って売っていく達成感がありながらも、どこかで支払いの為に仕事するような感覚になってきて。良いのかなって疑問が生まれてきたんだよね。商品も1年を通しての繁忙期とそうでないときとがある中で、自分がどう頑張っても売れ残ってしまう日もある。それも心苦しかった。商売だから仕方ないけれど、廃棄があるっていうのは、自分の中では簡単ではなかったね。
それに、焼き菓子の詰め合わせも、お客様の要望に合わせてオリジナルで作りたくても、時間的に作業的にできない。色々なもどかしさが募っていったのよね。」


愛情込めて作った沢山の焼き菓子たち。そっと寄り添ってくれる、素朴でやさしい味わいです。

 

優子さんから相談を受けた時、正直びっくりしました。そして、少し心配しました。お客様はどう思うのだろうと。
しかし、話を聞いていくと優子さんのケーキ作りに対する真摯さと熱意は全く変わっていなかった。前向きで、勇気ある決断を心の底から応援したいという気持ちになりました。

「焼き菓子って、粉とか砂糖とかシンプルな材料で奥が深いよね。粉の品種を変えるだけでも、香りや風味が変わる。ケーキやプリンとか、沢山の方に愛してもらえて、無くすことで残念だっていうお言葉もたくさんもらったの。正直心は揺らぐんだけど、でも焼き菓子とホールケーキに絞ったことで、メリットが沢山あるなって思ってるんだ。
スイーツってさ、配合とか素材を少し変えるだけでかなり印象が変わるから、面白いんだよね。粉の品種を変えるだけでも、香りや風味が変わる。今まで以上に素材そのものに向き合うことで、今までのスイーツに磨きがかけられるようになるなって。これからは、手土産や季節行事等、様々なニーズに対応していきたいと考えているよ。」

ひつじさんの焼き菓子は、素朴でやさしい味わい。男女、年齢問わず、そっと寄り添ってくれるよう。ホールケーキは季節のフルーツがふんだんに使われており、コクのあるクリームとやさしい甘さで、私も大ファン。誕生日やイベントご等、1年通してお世話になっています。
なんと嬉しい事に、ホールケーキは当日でも対応できるそうです。今までは急なご予約に対応出来かねる時もありましたが、これからは、受け取り希望時間の3時間前までならば、ご相談できるそう。お邪魔した日にもホールケーキを取りに見えたお客様がちらほら。毎年人気のクリスマスケーキは、今年も変わらずご予約いただけるようですよ。

変わる事と変わらない事。お店を続けると、立ち止まり、振り返っては決断する時が何度となくやってきます。
前向きな決断をし、新しい出発をしたひつじさんの今後がますます楽しみです。

 

おわり

 

【優子さんより】
りえちゃんとは、仕事を通じて知り合って、もう8年くらい経つのかな。年齢もいろいろな好みも全く違うけれど、なんだか気が合い、今日まできました。

「プロフィールのとこの写真が優子さんらしいと思うよ。」里江ちゃんはそう言いました。元々よくしゃべり、笑う方だと自分でも思うけど、りえちゃんとしゃべっている時が一番笑っていると思うから、それが里江ちゃんの中の私のイメージなんだなーと・・・。

私こそ、話を聞いてもらって、いろんな意見をはっきり言ってくれるりえちゃんに救われたことは何回もあるよ。思いっきり、里江ちゃんの家の方に足を向けて寝ているけど、めちゃめちゃ感謝しています。

多分この先10年、20年・・・今とあまり変わらず、里江ちゃんと笑っているんだろうなって、カンタンに想像できちゃうよ。また時間がある時は、お茶しよう。焼肉にも行こう。そして、お互いに元気でそれぞれのお店を続けていけますように・・・。

そうそう、お弁当。本当に美味しかったよ。真っ白なごはんじゃなくて、のり弁のところも、いわしも春巻きも何もかもが「私とお酒」のためのお弁当で・・・すごく悩んだけど、今回はビールと一緒にいただきました。しあわせ♡

最後に・・・「ごちそうさまでした!!!」(おいしいもの、いつでも受け付けています。)

 

第3回

お母さんの魔法のオーブン【前編】

神ノ口優子さん
ちいさなお菓子工房ひつじ 店主。